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Soil Communication
だからといって、背中で語ることもできない。
不器用であるが故に
意思伝達は土を介すことでしかできない。
Soul( 魂 )の u を i ( 愛 )に代えて
Soil Communication
と名づけたい。
おっと、文章が長すぎて
怒られそうだぜ!
補足
Communication
補足2
本当は i を愛ではなく虚数にしたかった…
メール編で、
開花前の白菜の苦味が価格を下落させる
ということを記載したのですが、
その内容に関して、こんなメッセージが届きました。
苦味が美味しいと言って食べられる菜の花は、苦味の作成に失敗したのだろうか?
えぇ、
そういう風に意見を出してもらえると嬉しいので、
私の考えを記載します。
まず前提条件として、
アブラナ科植物が開花した時の葉の苦味はハンパなく、
食べられたものではありません。
その前提の元、話を進めていきます。


(写真はハクサイの開花直前ね!)
まず一つ目に考えられることは
花芽にて、苦味の蓄積が遅い
ということ。
花は子孫を残す大事な期間、
ブロックのための苦味を合成(or蓄積)するのは大事だけど、
それ以上に生殖に関するものにエネルギーを割きたい。
(一度苦いと認識した野生動物は先端だけを器用に食べようとは思わんよ)
二つ目に
苦味は合成するけど、
昆虫を寄せ付ける甘い蜜を合成・蓄積し、
その甘味が苦味にまさって、深みのある味が再現された。
まぁ、
言葉を発しない生物での話なので、
答えは迷宮入りというわけですが、
前者、後者共に、
菜の花が美味しいと感じる理由はこんなところでしょう!
動物は避けたいけど、
昆虫は寄せたい
避けつつ寄せたい植物の葛藤!

寒空の下、
公園にあるような低木(生垣のようなやつ)は葉を落とし、
寒さに耐えているわけだけど、

根元には草がたくさん生えているんですよね!

根元でないところは、
この通り草が生えていない。
なんでだろう?
これが生けとしものの温もり?
生けとしものが頑張って根付いたから、
発芽環境が優しくなった?
生きているものたち、
生きているものが構成する空間。
人が住まなければ、木造建築が歪んでくような、
活動が行われている場所には、
活動を行いたいものたちが集まってくる。
人の社会や文化でも起こりうるような現象を
今まさに目の前で見せつけられているようで、
なんとも言えない爽快な気分!
えっ?
根元の草が抜きにくいから、そこだけ草抜きされていないって?
おいおい、
そんな寂しい考えをしていて、
生きてて楽しいかい?

今までこのサイトを見ていてくれた方なら、
植物が植わっている土を見れば、何を言いたいかわかりますね?
えぇ、
プランタにクローバが植わっていて、
それがなんとも痛々しい…
- 完 -
すみません…
話を端折過ぎました。

プランタの土にクローバが根付いて、

とにかく、葉が赤く染まって、
見ていて痛々しい…
…
…
葉が赤く染まっているからって、
これが皮膚から滲み出る血には見えないし、
よく考えたら、
全然痛々しく見えないなぁ…
あっ!
シロクローバなのに赤く染まってるよ!
程度にしか見えないこの薄情さ!
とりあえず、いつものごとく抜いて根を確認してみると
(抜いてる時点で、痛々しいという同情よりもタチが悪い)

えぇ、
これといって、特に変わったことはありませんでした。
強いて言うならば、
根粒菌は相変わらず付いていないのね!
ってところですかね。
正直に言うと、
普段から書くことがないわけですが、
先週末は移動だらけで、
ゆっくりと何かを見るということが出来なかった。
えぇ、
書くことがありません。
というわけで、
前回の続きを無駄に掘り下げていきたいと思います。
~あらすじ~
倒れたマツの幹の裂け目からサクラが芽生え、成長した。

↑ この写真ね!

よく見るとね、マツの裂け目に落葉が敷き詰められてるわけなんですよ。
裂けることによって、落下してくるものを自分の有利な方向に誘導し、
それを集めることによって、地温を確保する。
地温を確保することで、
体内の生化学反応を向上させる。
裂けることは個体の構造がおかしくなってるようなものだが、
それが他の生物の生きるための戦略になるというのならば、
裂けるということも生きるということにならないだろうか!
って、
マツはすでに死んでいる…
京都の某所に
倒れたマツに生えたサクラの木がある。
その場所は、
家族が京都に来たら是非とも案内したいところに入っているわけだが、
今は関係なので、話は割愛する。
そのサクラが下の写真ね!

近くで見ると

裂け目に自身の落ち葉をびっしり詰めて、

少しでも穴があったら、
穴を広げながら突き抜けてくる!

マツはもちろん朽てるから、
中は限りなく空洞になっているわけなんだけどね!
これを見てどう思う?
今までマツは生態系の森という系の最初を担っているとフューチャしてきたけど、
(それよりも前にススキ、もっと前に単子葉という内容はあったけどね)
こうやって、マツが広葉樹に侵食されていくと
生態系はエゲツないな!って思うんだけど、
人やネズミ、にっくきイノシシに当てはめていくと、
動物サイドだって、
動物を殺して、食らって命をのばしているわけだから、
別にそれと同じじゃん!
って思うわけです。
そこで問う。
俺たちは他の命を食らってまで、生態系で生きる価値はあるのかい?
その問いは本能で生きていく上では全くの無用な思考。
だけど、
人として生まれたなら、その問いを常に意識していく。
これこそが、
本能に若干抵抗できる理性を得た我々の宿命だと
私は常々思っております。
過去記事を見ると、
マツは次世代のタネたちへ何らかのサポートを与えて、
自身が消えても、その集合体が向上する方向を常に目指しているように見える。
そんなスタンスでこの景色を見たらどう思うだろう?

若干赤にそまる褐色の床が、
ボクの目の前に広がり、
地面に敷き詰められた葉が褐色で死んだ組織だとしても、
なんだか生きている温もりを感じないだろうか?
これは、マツに限ったことではなく、
広葉樹やイチョウでもどうようのことが言えると思う。
動物はカロリー(熱量)を使って移動するけど、
移動しない植物はその場に温もり(熱量)を残す。
えぇ、
そうなのですね?




